『コロナ』という情報操作で破綻する国

僕が感慨を受けた言葉や話を引用させていただきます。
それに対しての個人的所見も書き足します。

ーーーーー
『1日当たり1人くらい死ぬというレベルで、なぜ今ピリピリしてるのかさっぱりわからん。むしろメチャクチャ安全じゃないか。
 

肺癌でも、毎日200人死んでる。じゃあ200倍は怖がらないと、肺癌。

他の病気と並べてみたら、茶番だとすぐにわかる。安全装備の充実で死亡するケースが激減している交通事故すら、毎日10人くらいは死ぬ。  

 

答:「コロナより死ぬ危険性の高いものは、世の中に山ほどある。コロナなど、もはやどうでもいい」  

 

問題は、この情報をどうやって日本中に広めるかだな。「ニュースはテレビや新聞で」という生活の人は、自分が嘘を聞かされているなんて思っていない。だから、ネットで真実を探そうなどとは考えないのが普通。どうする・・・。』

 

→大手ニュースサイトもこぞって煽ってるので、情報を深堀する「意識」自体がないと、この方の言うように「嘘を嘘だと認識してない」のが最大の危険。

 

ーーーーー

『住居型の老人施設では、面会外出が規制され、精神面が弱っています。

鬱、痴呆症が酷くなる、筋力の低下など、コロナよりも恐ろしいです。

この現実を報道している機関が、殆どありません。』

 

→ひでえ話だ…少し情報が浸透して高齢者以外にほぼ害はないとなったら今度は

「高齢者のこと考えろ~」とか感情論で叫んでる奴らがその高齢者を追い詰めてる…

やりきれないよ、愚かさに。結局、経済破綻で死んでしまうから老若男女すべて。

 

ーーーーー

『この意見(コロナ無害・それより経済ヤバい)も今となっては、かなりの多数派なのに、「地上波」「Yahooニュース」「ラインニュース」が一切取り上げない。

そこに意図を感じます。あらゆる意見を平等に取り上げるのがメディアの役目なのに、不安を煽りまくることだけに躍起になっていますね、メディアは。』

 

→上でも少し補足したが、さらに下記のコロナビジネスや、ショックドクトリンに繋がる話。

 

ーーーーー

PCR検査が除染ビジネスと重なって見える

除染に科学的な意味がなくても、やればやるだけ儲かるから、儲けたい業者と、

原発の市民団体とマスコミとが三身一体となって推進し、

税金をじゃぶじゃぶ使って除染。

PCR検査も、PCR検査ビジネスが横行し、科学的に意味のある必要な検査の範囲から逸脱し、特定業者の儲けのための、科学的意味のない検査に税金がじゃぶじゃぶ使われることに。


→はい、除染といえば昔ながらの政府とゼネコンの癒着ですね。2011年から石棺を被せろ。チェルノブイリって知ってる?
PCR検査個人用キットとかいうクソの役にも立たないものを3月上旬に配り始めたソフトバンク孫正義。その後、車製造から急ピッチでマスク製造に切り替えた中国BYD社とソフバンが4月1日に提携。ザ・反日コロナビジネス。

まあソフトバンクこけたけどな(笑)

2011年も無意味な太陽光パネル設置法案を結託して通して山林切り崩しまくって現地が地獄になってるのも忘れてないよ。

 

あとコロナ研究してれば大学なんかは科研費がでるね。

ちな、ショックドクトリンとは、

「惨事便乗型資本主義=大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革」

世界的・国民的イベントも含まれますね。

例:ラグビー世界大会中にFTA可決。種子法廃止で農家絶望。コロナ期間中にスーパーシティ法も可決されたね♪監視社会のはじまりだ♪

 

ーーーーー

『イタリアの死亡者数2万人というと日本と比べて多く感じるが、イタリアの新型コロナで死亡した平均年齢が80歳というとほとんど寿命でインフルエンザや風邪だったとしても亡くなったように思う。』


→さらにコロナが体内で発見されたら補償金まで付きますからね。アメリカでもただの肺炎死を数字盛るためにコロナにしたというリークがあったが、結局それも補償金狙いだったのでは。だからこんなに海外のコロナ死者数は多いカラクリ。

 

そして、厚生省のページずっと見続けてれば明らか。肝心の発症・入院・死亡者数はほぼ変わってない。

 

100回くらい言ったが、

失業率1%増で日本は年間平均1500人も自殺者が増加する。
平成不況、リーマンショックの際の当該年とその次年~は3万数千人が自殺している。

ここ最近は、これだけ意味不明な、国民を一ミリも考えてないデフレ無策と消費増税GDPが数県に核弾頭でも打ち込まれて消滅したの?って位減少した)があったにも関わらず、平均2万人程度の自殺者。東日本大震災の2011年でも3万人を切っていた。

(だから安倍政権が、自民が有能とかじゃ決してないからな!!!国民がある意味デフレに慣れてしまった結果。非正規が4割いってしまった結果。国民の生活は確実に困窮に向かっている。)

 

さて戦後最大の経済破綻、リーマンショックなど目じゃないこの状況で、コロナの死者数より100倍自殺者が出る事を俺は賭けてもいい。



とりあえず

◆厚生省の国内コロナ発生状況の推移

◆日本の自殺者の年間推移

アベノミクスの三本の矢の内容

補足で
◆太平洋戦争後のGHQの動き(日本三大派閥の解体、極東軍事裁判憲法作成、3R5D3S政策・WGIPトルーマンの猿、検察庁の成り立ち・仕組み)

くらいは最低でも目を通してほしい。あと前期の小池都知事の公約内容ね。あと石原元都知事の悪行の数々。

 

そして経済がヒエラルキーの頂点で、海外機関投資家・資本家が世界の頂点で、国家元首内閣府・官公庁は雇われ店長みたいなものだと、乱暴な例えだが覚えてほしい、いや、自分でしっかり調べてほしい。

 

あとWHOは国連管轄ね。ちなみに国連は「United Nations」、つまり第二次世界大戦中の連合国の呼び名と変わってない事、日本だけ国際連合とか言っちゃってる事も覚えておいてほしい。ずっと彼らは戦勝国の意識のままです。

 

 

『企業も最早造りすぎたモノを売るには、より早く、大量に消費させるしかなく いかに他社より強い快感をもたらせるかを競いあっている。 無防備な消費者である私達は、そうした「自滅的な誘惑」に日々さらされ 「依存症」という習慣を身につけつつあるのだ』 <依存症ビジネス  ー「廃人」製造社会の真実>より
 
『正直、「よくわからないから、しっかり調べよう」というモチベーションが湧く人の方が珍しい』
 
『 僕たち人間は“知らないものを嫌う性質”を持っている。 キミが未来を知らないかぎり、 キミは未来を嫌い続け、 キミは未来を迎えることができない。』
<西野亮廣  新・魔法のコンパス>より

狂気は、個人にあっては稀有なことである。

 しかし、集団・党派・民族・時代にあっては、通例である。
ニーチェ 善悪の彼岸>より

 

 話がずれるように思うかもしれないが全くずれてないので最後にこれも。

『軍事侵略とは政治の一手段かつ、侵略の一手段でしかなく、
「経済侵略」「宗教侵略」「思想侵略」「移民侵略」etc...1945年8月15日or9月2日に軍事侵略は日本では終結したが、侵略の一切は75年間ずっと続いている。』

まあベトナムや中東、他国を考えるとまだ最下層の地獄じゃないと時折思うが、

だからと言って日本が「平和」である事はない。侵略し続けられているのに平和?

 


追加でアインシュタインヒトラーを引用しよう。

アインシュタイン
『常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。』

『正規の教育を受けて好奇心を失わない子供がいたら、それは奇跡だ。』

『大切なのは、疑問を持ち続けることだ。神聖な好奇心を失ってはならない。』

『自分自身の目で見、自分自身の心で感じる人は、とても少ない。』

『過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ。
 大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。』

『情報は知識にあらず。何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない。』

『学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。
自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる。』

『私の学習を妨げた唯一のものは、私が受けた教育である。』

 

ヒトラー
『人々が思考しないことは、政府にとっては幸いだ。』

『政策実現の道具とするため、私は大衆を熱狂させるのだ。』

『私は間違っているが、世間はもっと間違っている』

『自己をあらゆる武器で守ろうとしない制度は、事実上自己を放棄している』

 

 

 

まったく、俺もイベンターとして人生狂わされたよ。滑稽なコロナ劇場の茶番ごときに。

 

 『人間性について絶望してはいけません。なぜなら、私たちは人間なのですから。 』

やれやれだよ。

 

IA子『なんでボカロに歌詞打ち込むの直ぐ止めてしまうん?』

IA子、それはな…

 

めっちゃめんどいからやッ!!(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

 

 

『レイド(侵略)』という、社会学バキバキの曲の歌詞が結構前に書き終わってるんですが、

打ち込むのがほんとめんどい…

 

(こんな事、第一、第二世代ボカロの調教してた人に言ったら『甘ったれんじゃねぇ!』とボコられそうですが。。。)

 

いやー、でも先日のブログでも書いたけど一曲は動画上げれる事は確定しとるので、この勢いを活かして作業やらんとまた放置になってまう…

 

歌詞書く、メロディ生む→楽しい。息をする様にできる。最高。生きてる実感を得られる。

 

コード付ける→まぁ楽しい。曲になるので嬉しい。

 

仮歌入れる→楽しい。ノリノリ。

 

編曲・MIX→ダリィ…でも一度始めると楽しくなってくる。でも行き詰まると投げ出す。

 

ボカロ打ち込む→メロディのmidi打込みがめんどい…ハモリ割り出すのめんどい…歌詞打ち込みがやらなきゃいけない作業感が強い…

 

動画→一枚絵なら楽だけど、拘りだすと地獄。

 

 

いや、それでもボカロの歌詞打ち込みとハモリが出来て、曲完成したら達成感は凄いあるんですけどね。

誰かに納期に迫られてるでもなく自己管理、自律しての行動ってホント僕の最も苦手な事です…

 

みんな定期的にアップ出来てすごいなぁ…

 

俺ブログ書いてないやん!!!!+ボカロ曲告知

やべ~全然書いてねえ(笑)鬼の様にTwitterは毎日更新してるんだけど(´;ω;`)

何書こうかなあ~コロナに右往左往されてる奴みんな〇ねとか書いたら
マズイから、なんか宣伝的なこと書くか!!

 


まず実質今年2月に退職後、個人事業主としてイベンターを本気で志していました。当時は今年のGW1日目にドカンとでかいイベント打って流れのったるぞ!!とまあ、

とにかく退職後は関係各所とめっちゃイベントつめてました。

 


はい、コロナでパー。

 


未だにボディブローのように精神的ダメージ残ってますが、まあ切り替えざる得ないので。。。



創作活動のほうをとにかくじゃあやろうと!!



曲はアホみたいに何曲もマスタリングまで完了しとるのですが動画に社会学的メッセージを盛り込もうとしたら、くそ難しすぎて(表現が)挫折。。。

 


もう何もかもおしまいだあ~とパラガスってたら…

 


なんと、絵師さん&動画師さんより奇跡のタイアップ案件キターーーーΣ(゚Д゚)Σ(゚Д゚)

 

ということで、ほんと人と人のつながりに感謝しつつ、三度目どころか何度目の正直かわかりませんが。。。

『LIFE IS DISTORTION ~ヒトノ塑性~ 』feat.IA(ボーカロイド)

近日公開しますm(__)m


社会学に軽く触れつつ、「ヒトの強さとは?」という根源・性質にテーマをあてた
楽曲になります。

よろしくお願いします。

明日 3/28 土曜日 お昼からオンラインでマンガ&サブカル&MORE会やりまーす(参加者大募集)

皆様、お疲れ様でございます❗️


普段は月一程度に秋葉原でやらせてもらってる当会ですが、今回はコロナ&外出自粛のため…オンラインでやります!zoom落としてくれたらPCでもスマホでもいっぱつでできます👍


明日、お昼からやらせてもらいますオンライン(といってもスマホ一台でも出来ます)まんがたり&サブカルお茶会ですが、、参加者数があまり多くなく( ;∀;)


年度末ですし、ご多用かと思いますが、

「ちょっとでも参加できるで〜」って方は今回結構自由に場回しさせて貰いますんで

何卒ご参加いただけると嬉しいです❗️

入退室自由、途中参加オッケー👌顏出しNGオッケーでやらせて貰いますので、

ぜひぜひzoomが定員100名()までいけますから少しでもなんか最近オモロイもん見つけた〜とか今読み途中〜とか、この話語りたいねん❗️とか


とりあえず参加してみて温度感探ってくれたらと思います笑

参加するのはタダですから❗️


という事で下記詳細と若干違う部分もありますが、都知事が自粛せいゆうとるんでラフに皆でダベりましょう*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

オープンチャットから直接参加表明もオッケーです👍


もうほんとzoomアプリDLするだけで出来ますんで、

皆で手探りでやってきましょう\(^o^)/

ひらにひらに〜よろしくお願いしますm(_ _)m💦💦💦


僕はクトゥルフ語るでw(超ライト層)


「ネットdeまんがたりお茶会@zoom」

日時:3月28日(土)12時半~

https://dokusyokai.me/event/530

「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」感想

2012年6月2日:日本公開

監督:若松孝二

 

<不満点>

東大全共闘のシーンのショボさや、史実との相違点(豊穣の海執筆タイミングも)

やたらサウナで談義(笑)

予算的に仕方ないんだろうけど、11.25演説の迫力不足

まぁ、予算的に仕方ないのかなーって所が目立った

 

 

<良かった点>

俳優の演技は概ね、上手かったんだと思う。話の流れを知っていれば楽しめる。

(楽しむというのが適切か疑問だけど。。)

主役の新氏と満島氏が健闘していた。

 

予算なのか、脚本・演出がなぁ。。。

 

 

 

総じて、「決起までに試行錯誤、取捨選択に苦悩する三島由紀夫」が

ピックアップポイントなのかな。

そういう、史実で見えない部分の描写は面白かった。楯の会結成の流れとか。

 

ただ、まあ、実際の東大全共闘との討論(自決1年前)や

自決一週間前の最後の対談(相手:古林尚氏・・・バタイユを踏まえた左翼派論客)

での実際の三島由紀夫氏の「堂々振り」「三島節」が逆に、如何に説得力と表現力のある本物の作家、というより論客面での「凄み」を醸し出しているか、

それが改めて浮き彫りになるような形で落ち着いたかな。。

 

やっぱ本物、あらためてすげー。。。という感想(笑)

 

で、ちゃんとこのお方「死(死生観とも言って良いのか)、エロティシズム」はバタイユに影響受けたこと、

天皇の神格化(絶対者化)願望・思想は個人的感情である」

「論理じゃなく『意地』で(右翼思想の内の天皇神格化の部分)をやってる」

「日本人であること、それがフィクションであっても、その日本人的美意識を大事にしたい」

ことも堂々と公にて述べている(全共闘討論や最後の対談にて)。

 

右、左なんて、共産肯定・否定なんてほとんど瑣末な問題として認識されてる。

 

 

そして、50年後の現代を見事に言い当てている。

「このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」(自決の4カ月前に産経新聞に寄稿)

 

楯の会運動(石原慎太郎氏のように政治に関知せず、本人曰く「変な思想運動」ともご自身で謙遜・自虐的表現で控えている)

(※石原慎太郎氏の作品「完全な遊戯」についてもきちんと「新しい小説」として賞賛してる。)

芸術行動(作家・執筆活動)

は「完全に思考を分離してやっている」とも明言している。(政治に関わったら自身の思想が崩れてしまうとも)

 

エロティシズムを突き詰めた極点に絶対者に「裏側から」初めて辿り着ける。

だから「絶対者」が居ないとエロティシズムには到達できない。

 

個人として、思想家として、作家としても「天皇の絶対者化(もしくは天皇以外のそれに変わる何か)」にこだわっている理由がとても良く解る。

右とか左とかなんかじゃない。もっと高尚に細分化された個人の信念と覚悟だ。

 

正直かつ、堂々たる振る舞い。

 

人物もこの映画にも賛否はあれど、

僕は三島由紀夫さんとその映画化に携わった全ての方々に

三島氏の言葉を借りて締めくくりたい。

 

 

「その『熱情』、これだけは信じる。信じたい。」

 

 

そしてこれもまた、現代の日本そして人類への

 

 

「『問題提起』に過ぎない。」

 

 

 

あらためて、安らかに。

 

 

 

捨てる神あれば。。。

 

f:id:syouki-2019:20200118230853p:plain

 

 

...嫌なことは重なるもんだ。
ほんとに物理的に畳み掛けてくる。
どんな確率の偶然なのかわからんが
たまにある。
まぁホントにささいな事なんだが
久しぶりに直情的に頭に来ることが、
挑発的な行為に及ばれた事が連続で発生した。

 


業後の飲み会に先日金曜「4人ほどのメンツ(俺的にも好意的なメンツだ)で

飲み行きません?」と、関西出身の頭の切れる女子に誘われる。

最近はタバコ仲間としてよくいろんな話をするし、生産性と具体性がある話の出来る

子だ。経験さえもっと積めば、俺なんかよりずっと優秀になれるだろうと思ってるし

イノベーションを起こせる」因子を潜在的に持ってる子だ。

本質的には組織型じゃない。

 

誘ってもらって当然嬉しかったし、少人数で、コアな話が出来るかなと、

少しでも誰かへのギフトになる問題提起が出来るかも、

そして逆に俺に学びになる何かがあるかもと。


期待して行ったら他の団体と合流、

大所帯の『深い話の出来ない飲み会』へと移行。。


それだけならまだしも、合流した方にいた、以前から和解したいと、深掘りして話したいと思ってた人間Aには開始早々イラっとさせられる、『あぁ、舐められてんだな』と思わされる言葉をもらう。

前々から飲みに行きたいと思ってた人間Bには最後会計の時、業後急な誘いだったものだからサイフに入れてた金では足りず、
まぁ申し訳ないが誰かに立て替えてもらおうと思ったら、

『2000円しかないんすか!?www』と何度も嫌味ったらしくいじられまくり、
(うわ、こんな奴やったんか。。酒の席こそ本性は出るからこそ、気を付けなあかんのに、容易くやってもうたなコイツ。。)
と幻滅。


付き合いの長い友人と思ってた同僚Cにも、
ほんの少しだけ政治的な話が出た時、
『◯◯(本名)さんは左翼だよね』と俺に言うもんだから、
右翼左翼なんざ18世紀のフランスじゃないんだから
最早ナンセンスだよ、と軽く諭したところ
『じゃあニセ右翼すか、パヨクすかww』
とまさかの質の低い悪ノリ。+何故かそいつは女性分のみ多めに金を払い出す(笑)

...あれ、こんな奴だったっけ...

まぁこのB、C二者に対しては場の空気が壊滅的にならない程度には、

二度とそんな態度取れないよう軽くブチ切れといたけど。
最初の奴Aには結局(素で失礼な奴なんだな。。)で、興味も削がれてしまった。

そんな事があった次の日、
すき家に行って一万円札で支払ったら
久々の『札のカウントなし&小銭と一緒に押し付けるようにおつりを返される』
事案発生。
。。えぇ…。なんでみんなそんな事、他者に対して軽軽しく出来るの??

ダメ押しでメルカリで買った商品が届いたら
これまたしょうもない、「写真と違うブツ」を送付して来られ、

迅速にメーセージで圧をかけて対応。
まぁ、即レス来て正規の品を送るのと一応の謝罪はあったが、なんだかなぁ。

こんな事で自律神経乱されるのもバカらしいけど、グミ弾連続はやっぱ鬱陶しいわ(笑)


それでも、上記の飲みの日の仕事中、
はっきり言ってもうここの(うちの会社の部署の)管理者には期待もできないし
俺の希望の進路にも行かせる気はないんだと。
先月、これ以上ないという所まで、(それでも片手間の中で)部署記録を軽々と更新した成果を残したにも関わらず(1ヶ月そのポジションで成果を出したら異動の件、考えるという話だった)、何の反応もなく、無能な直属のリーダーは何話してもとんちんかん。というか最近まで自分が現場だった時の記憶消えてんのかっていう位、

発言が『自分の保身のみ』になってしまっている...

(全部、仕組まれた茶番か。。

俺なりに今回はやれるところまで根回しもしたし、

到底塗り替えるのは困難だろうという成果を挙げてみたんだが、これか…
もう、タイムアップだ。やり切った。ここに思い残す事はもう、ない。

いや、有ってもここに居ては真の成長には繋がらない。)

落胆の中、自己評価さえブレそうな孤独も、いつもの事だ、と切り替えて


「最後の朝会で何を提起出来るか。」
「退社日にどんな挨拶で締め括る事が次に繋がるか。」
終わりから逆算して考えていたとき
この会社で数字的にも、その実力も『最も目標にしていた人物の一人』が久々にこちらの島にやって来たので、思わず呼び止めた。

異動の件でも、根回し、助言、叱咤、親身になってくれて本当に世話になった方だ。

『Dさん、色々とご尽力頂いて本当にありがとうございました。
俺なりにやり切りました。でも、どうやら駄目なようで…折角助力してくれたのにすいませんです…』


ただそれだけ、伝えたい事を伝えた。


でもDさんは、ちゃんと評価してくれていた。


『えーなんで??もうそんな話出たの?私は聞いてないよ。◯◯くん、ちゃんと改善して成果出したじゃん。たまに変なの来るけど(笑)、それでも全力で改善して最高の成果出したじゃん。なんでそれで駄目なの?ほんとにちゃんと確認した?』

あとは色々と細かい事を話したが、
正直、この人に、ずっと追ってたこの人に
『成果出したじゃん』って言って貰えた事が何よりも嬉しかった。報われた。
悔いは消えた。
孤独な闘いは、ちゃんと届いて欲しい人には届いていた。

 


前を向こう。まさに捨てる神あれば。。。

本当にここの職場はそればっかりだった笑

 

俺なんかを拾ってくれた皆さん、本当にありがとう。

 

 

最近は、ミスチルの『擬態』の歌詞が刺さる。ヘビロテしてます笑

 

 

よしとりあえず、この土日こそ動画完成させるぞ(笑)汗

 

映画「JOKER」本日、観てきました。

全然ブログ更新してなかった 9月の振り返りはこの次やるとして

 

とりあえず、

映画「JOKER」本日、観てきました。

 

 

まず、改めて感じたのは、当然の話と思うだろうが「宣伝力」。

 

何故なら、観たきっかけは「東洋経済online」のジョーカーについての記事が

スマホのトップニュース群にあったから。

URL:https://toyokeizai.net/articles/-/308721

 

だって、そこに記事出てなければ、多分映画館に足運んでないから。

(他にもYouTubeなど様々な媒体で広告は打っていただろう)

 

記事のタイトルも絶妙にフックが効いてる。

<「ジョーカー俳優」実は最初出演を渋ったワケ>

 

まあ元々、バットマン好きだし実写版新旧も観てるし、

不謹慎だがまさに『ジョーカーに憑り殺された』亡きヒース・レジャー

演じたジョーカー(「ダークナイト」版ジョーカー)はもはやレジェンドであるが、僕もご多聞にもれず大好きなので、当然上記の流れ以外の形で映画館へ足を運ぶ可能性は、潜在ニーズとして0ではなかった。

 

だが、記事を見た当日に映画館の席予約を翌日の朝イチ上映に入れて(しかも人混みが激しく、出来るだけ行きたくない渋谷の映画館)、

一人で映画を観に行ったこと自体初めてだったので、ここまで僕を突き動かしたのは

やはり、宣伝力=「東洋経済online」の記事の内容だった。

(以下引用)

ーーーーーー

 

「特定の人(配役の具体的な俳優)を思い浮かべずに書けるほど、

僕はライター(脚本家)として優秀じゃない。

ホアキン・フェニックス以外、配役の第2候補は、いなかった。

もしホアキンに断られたらどうするかは、考えなかった。」(トッド監督談)

 

相当に迷い、何度かトッド・フィリップス監督とミーティングを持った末に

役を引き受けた。

「自分にできるかわからなかったし、このキャラクターをどう理解していいのか

わからなかった」(ジョーカー役:ホアキン談)

 

ホアキンを選んだのは、恐れを知らない役者だからだ。彼は、中途半端なところで止まったりしない。そんな人に徹底的にやらせたら、どうなるのか。僕はそれを見てみたかった」(監督談)

 

ーーーーー

 

・上の監督・主演俳優の「まずジョーカーという存在について、

どうアプローチしよう」という真剣なやりとり風の出だしから始まる、書き出し

 

・「あの独特の笑い」に苦労した、という気になるフレーズ

 

・「ホアキンには役者に自由を与える緩いアプローチがベスト」という監督への、

<それで完成形はどうなったんだ!?>と興味を抱かせるインタビュー

 

・「ジョーカーダンス誕生秘話」というこれまたフックの効いた

 サブ見出しから始まり、

(以下引用)

 ーーー

 「バスルームで彼がダンスをするシーンは、脚本になかったものだ。~(中略)~アーサーは社会からのけものにされている、要領の悪い人だけれども、音楽への愛に満ちた人だとよく言った。そういうところから来ているんだよ」

 

「基本的には、多くの動きは事前に決められていたのではなく、現場で生まれている」と、フェニックスは語る。

 

彼がピエロのメイクを自分でやろうと試みたこともあった。~(中略)~

自分でメイクの練習をしていたとき、顔を白塗りだけした段階で撮った

写真があったんだが、僕はそこに何か不気味で、怖いものを感じていたんだ。

それが、最後のほうに出てくる、彼のアパートでの衝撃的シーンだ。

ーーー

 

 と、ズルイくらいに<ジョーカーに対しての役作りへのトライ、演出、何よりも真摯な姿勢>が語られ、観たい気にさせる、興味をそそらせる

「ライター力(文章力・インタビュー力)」。

 

 

ここまでで、

「宣伝力」「ライター力」「監督、俳優の真摯な姿勢」

すべてにおいてプロであるとビシビシ感じ、

しかも「ジョーカー好き」という潜在ニーズのある人間なら

まあ、、動かされますわ。

 

そしてトドメは、その記事の下にリンクされていたオススメ記事。

これまた「東洋経済online」記事の

<「ジョーカー」大ヒットまでの苦難多き道のり>

URL:https://toyokeizai.net/articles/-/307611

 

そこで、劇中の「ピエロの化粧をしながらアイシャドウとともに

流れ落ちるアーサー(ジョーカー)の涙の写真」とともに

「低予算映画で映画会社(ワーナー)からは狂ったアイデア扱い」という

判官贔屓心理現象待った無しの苦労話。

制作費約6000万ドル・・・って高いやんけ!!と思ったけど

ヒーロー系比較映画を出されると(同記事より抜粋)

↓↓↓

 

<製作予算>

ジャスティス・リーグ3億ドル

『マン・オブ・スティール』22500万ドル

ワンダーウーマン15000万ドル弱(女性が主役ということで“高リスク”とされたらしくこれでも低い)

これらはすべて子供も見られる[PG-13指定]で、ジョーカーだけ[R-18指定]

しかも世界第2の映画市場・中国では検閲に引っ掛り非上映。

 

<北米オープニング成績>

ジャスティス・リーグ』が9300万ドル

『マン・オブ・スティール』1億ドル強

ワンダーウーマン1億ドル強

『ジョーカー』9600万ドル

 

と、コスパ最強だった(少なくとも北米圏では)報告+アメコミ嫌いの有名監督から

絶賛&バックアップを受けたなんて書かれたら、そらもう諦めて観るわ(笑)

他でもなんかこの流れで洗脳とか受けたら完全堕ちますわ(笑)

 

 

で、おまけにYouTubeの「映画 JOKER PV」の哀愁漂う

ヒューマンドラマ感今までのどの「ジョーカー像」とも違う、

「ジョーカーがまだジョーカーでなかった頃の話と、ジョーカー

【なってしまった】話」であるというのが、淡々と伝わってくる。

クリストファー・ノーラン監督ともまた違う、人生・人間にフォーカスした映画。

コメント欄もまた心くすぐることばかり書いてあり、

いろんな人にこれだけの刺激を与える映画なのか、というのも決め手になった。

 

 

まあ、そんなこんなで、朝早くから渋谷に一人で観に行きましたよ(笑)

 

 

ーーーーーー

<感想>

 

注意:気をつけるが、多少のネタバレあり。

 

 

 

 

 

 

観てよかったか、と問われたら「観てよかった、観る価値はあったと思う」

と答えるかな。

 

思ってたほどの、刺激や衝撃というのは無かった。

(それはフライングでコメント欄見ちゃったせいもあると思うが。)

 

リアルだったかと問われれば、主役の名演は文句なしで、

それがリアルさを定着させてる。

ゴッサムシティ設定だから多少、世界背景はシンプルだけど。)

 

ただ、僕が感情移入をジョーカーに「思うほど」そこまでできなかったのが

何故か、と考えた時、

 

 

アーサー(ジョーカーの本名)が、本当にバカがつく位、真面目な人間だったから。

 

仕事に対しても、現状に対しても、自分の障害に対しても、そして夢に対しても。

 

 

僕は、裏切られる前に裏切る、貧乏くじを引かされるのは沢山だ、

と思って生きてる。

(結局引くことも、計略より義理を取って金銭的、立場的に損をすることはあるが)

 

悲劇的な世の中・自分を喜劇に変えるにはどうすればいいか、その先で

人生に納得をするにはどうすればいいのか、それをアーサーのような状況になる前に

先に見出した(気がしている)のと、今はそれに縋り目的を持って生きることが出来ている。

僕はアーサーより環境には恵まれていたと思うし、アーサーよりもズルい人間だと思う。だから、彼のような人物に対し安易に感情移入することは「無礼」であると心のどこかで思っていたのだろう。

 

ーーー

気休め程度に性格診断をした時、僕の自己分析としては

「理想主義者気質 INFP 人生の意味を追い求める者」

 

対して、アーサーは

「保護者気質 ISTJ 一人コツコツ努力する人」か

「理想主義者気質 INFJ 信念を持った理想家」

または、どちらの因子も持っているか。

(ただし、物語序盤から疲弊していたのと彼の障害を僕が理解できないため、

なんともただ、子供を笑わせたり、真面目に仕事に取り組んだり、

母親の介護に献身的だったり、ブルースに対しても当初敵意なく

接していたシーンなどから推察。)

ーーー

 

アーサーにも、目的意識があった。コメディアンになりたかった。

これは無作為に笑ってしまう障害への劣等感から生まれた夢なのだと、

想像している。

上品な、誰も傷つかない、皮肉も効かせた、自分のような人間たちでも

笑えるようなネタで人を笑わせたい。

そしてその夢を叶え、母をもっと楽させたかった。

 

彼をジョーカーへと導く工程は、

122分という尺の中で、コンパクトにまとめられているが

物理的にトリガーになったのはやはり、正当防衛かつ女性暴行を救った行為だが、

結果としてウェインの部下社員達(エリート層)を殺害してしまったことか。

 

ゴッサムの法的・権力関係的にこの後、アーサーが正当防衛で保釈されるとは

とても思えないし、この時点で母が盲信していたウェインの部下を殺してしまった、投獄されれば母は誰が介護する?

とアーサーとしても思考の袋小路に追い込まれたのは確か。

 

ただ、ここで虐げられていた者が、とっさに反撃し暴行犯3人を射殺

(最後の1人は口封じ)したのは、正義をそこに見た+いじめられっ子が

いじめっ子に完膚なきまでに仕返し・復讐を(結果的に)遂げた上での

カタルシスが、あのトイレでのダンスだったのだと思う。

 

その後、世の中の特に貧困層

「エリートに復讐した殺人ピエロ」を英雄視し、

その象徴としての存在を渇望していく動きと、

拍車をかける悲惨な現実(妄想の彼女、信頼していた母への失望、憧れのコメディアンに大衆の面前で夢を踏みにじられる)が、

アーサーを「ジョーカーという象徴」にまで至らしめることになるのだが…。

 

 

 

 

結局何故、

思ってたほどの刺激や衝撃というのは無かったのか、というのはおそらく

もちろんこれはフィクションであると前置きした上で

 

大なり小なり、僕にも多分に同調できる過去・現在があるからであり、

決してフィクションの中での出来事であるとは到底思えない、

現実的な「壊れた未来」の可能性であるということ。

 

だからこそ、なんというか全てが「当然だよな…」で

122分終わってしまったから、刺激や衝撃が無かったんだと思う。

日常との差異を果たしてどこでつければいいのか、わからないほどに。

 

 

 

そしてあの「本当の笑み」の後、アーサーという人格はだんだん「死」に至り、

「悲劇は喜劇さ」というジョーカーという人格がこの先、

本格的なヴィラン(ヒーローの敵役)になるのか、これはあくまで精神病院での

妄想だったのさ、というこの映画で完結してもよい解釈も用意して

エンディングを迎える。

 

最後にジョーカーらしいコミカルさを見せるも、そこには今までのジョーカーにはない、一人の孤独な真面目に生きてきた人間の、哀愁を感じずにはいられない。

 

 

そして、アーサーを讃えるとすれば、悲劇的な人生から逃げるように

「自殺」せず、様々なネガティブな感情が彼を壊しながらも生かし、

彼なりに全力で抗った結果が、これであったということだ。

 

最後に漫画「ブラック・ラグーン」からの引用だが、

 

『誰かがほんの少し優しければあの子たちは---学校に通い、友達を作って、幸せに暮らしていただろう。でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、ロック。だから---この話はここでお終いなんだ。』

 

 

 

 ※蛇足:映画「スリング・ブレイド」との対比も考えると興味深いね。

 

さて、「JOKER」をテーマにした曲なんかも作りたいなと思いつつも、

絶賛新曲作成中なので(今回は動画が地獄)、また出来たら、ぜひ聴いてくれると

嬉しいです!!

 

今後は、マジック:ザ・ギャザリングトレーディングカードゲーム)や

漫画・ゲーム会などのイベントを予定してます。

 

ブログもマメに更新しないとね(^_^;)

ではまた。