ベルセルク If Ending 「鷹たちの墓標」(SS)

 

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-Last Battle-

 

~局(セフィラ)・セフィロト深層~

 

セフィロトの内壁がまるで
二人の記憶を投影するかのように

 

次々とその景色を変えていく。

 

城下から荘厳な城を見つめる
白髪の少年

 

鼻の切創に軟膏を塗る、黒髪の少年

 

平原で猛然と打ち合う
使い手の背丈には不釣り合いな両手剣の轟音と、
見惚れるほどに流麗な剣閃を放つ片刃の剣

 

戦果のあとの、どこにでもありそうな
憎まれ口を叩き合う若者たちの宴の喧噪

 

翼を広げた鷹の刺繍を施した旗を
掲げて迷いなく突撃する、若武者の群れ

 

牛鬼を思わせる化け物の巨腕を
満身創痍の身体で切り裂く二人の達人

 

雪原で再び相まみえ、
翻った勝敗の一撃と、
友となるが故の、訣別

 

そしてー

 

地獄が顕現されたとしても
これほどまでの凄惨な
景色にならぬと思えるほどの
狂い尽くした非情の戮殺ー

 

そんな景色を振り払うかの如く、


禍々しいガントレットからは隙を逃さぬ砲撃と
矢の雨を目の前の宿敵に浴びせ、
その激昂を象ったような鈍色の鉄塊を
人の理を超えた稲妻の太刀筋で振るい続ける狂戦士と

 

まるで白鷹と大烏が入り混じった異形の姿で
片手から、位相を歪ませた亜空間を生み出しては次々と放ちながら
もう片方の手は音速の先をゆく速さで
撫で斬ることを止めない鮮烈の片刃剣を操る闇の守護天使

 

もはやこの二人、いや二つの化け物に
意識など残っているのか分からぬまま
互いの剣が、異能が、狂気が
触れる物質をことごとく崩壊させる

 

躱し、放ち、防ぎ、振り下ろし、捌き、惑わし、薙ぎ、また躱す

 

無限に殺し合うのではないかと思わせる究極の攻防は、
禍々しさと美しさをそこに同居させ、
まさに、絵画に描かれた神々の戦いそのものだった。

 

 

どれほどの時が経ったのか

 

 

静寂を取り戻した、幽界の深淵の底で
二体の、傷だらけの化け物が
互いの刃を怨敵に深々と食い込ませたまま
ついに、その動きを止めていた
 

景色がいつかの雪原を映すー

 

「・・・俺に何も後悔はない。夢のかがり火は
ずっと俺を焼いたままだ。この手は俺の国を、いやこの世界を
掴み取った。それが俺の全てだ。お前にはいったい
何があると言うのだ・・・?何故、お前は生きる?ガッツ。」

 

「グリフィス・・・貴様が・・・その足で踏みにじった
命を、仲間を・・・俺が代わりに、俺の勝手で、
弔う戦を続けてきただけだ・・・俺は切り込み隊長だからな・・・
いや・・・その夢を踏みにじるものがあれば
全身全霊をかけて立ちむかう・・・俺は・・・ただお前に」

 

グリフィスと呼ばれた異形の化け物は、しばし目を瞑った。それはまるで、生まれてからここに辿り着くまでの日々を、懐古するような表情だった。

 

「・・・何故だ。何故まだこの鼓動はお前を・・・
俺の巡礼の旅は、夢は果たされたのだ。なのに何故・・・
お前は、どこまでも俺を・・・離してはくれないのだな。」

 
いつしか辺りは、二人の運命が交わったあの始まりの日のありふれた平原へと、
まるで邂逅を促すかのように、その情景を変えていた。

 

「因果・・・あの時、お前に出会ったのは・・・いや、
はじまりはあの路地裏の石畳からだ。すべてはあそこから
はじまった幻想。”夢”という名の神の・・・殉教者となったはじまりは。
友に終わらせられるのならば・・・俺はその為に夢を成したのか。」

 

『友』という言葉に、ガッツと呼ばれた対峙する黒き狂戦士も、そっと目を瞑り、
そして、絞り出すように言葉を吐き出す。
 
「・・・俺には御大層な夢なんてどこにもなかった・・・死にあらがい
もがき続けた果てに、復讐という理由に、怒りに・・・俺は結局、わからない
ままだ・・・お前に、並ぶ為に、わからないまま、この足を進めてきた。」
 
『守る』ことと、『挑む』こと。
それをずっと魂に問い続けながら、死闘の果てに、黒き狂戦士は『友』の前で
己の思いを、素直に吐露した。
 
滴り落ちる鮮血。それはお互いの命の残り時間を、無情に伝えていた。
それを尻目にしながら、静かに闇の鷹が、安堵ともとれる声色で、告げる。
 
「・・・俺も、お前も、もう自由だ・・・数えきれない屍の上に
立ち、そして俺もその中に還るだけだ・・・すべては俺の幻想。
ここが殉教の果てだ・・・お前の手で終わらせてくれ。」
 

しばしの沈黙の後
迷いが晴れたかのように、己の『答え』を、静かに伝える。

 
「・・・グリフィス。お前を・・・鷹の団のもとに連れ帰るよ。
誰もがお前の夢についていき、そして、お前の夢に死んだだけだ。
なら、お前も・・・その夢の墓前で眠れ。」
 
瞼を既に閉じ、終わりを願った鷹が、その言葉で再び眼を開け、
友の名を呼んだ。鋭利な眼光が僅かに揺れた。

 

「ガッツ・・・。」

 

その直後、幻造の幽界が、まるで現世への回帰を拒むかのように
断末魔の叫びに似たおぞましい音を立てながら、崩落を始める。
 
局(セフィラ)が歪み、二体の、いや、満身創痍の二人の男は、
幽界が発する、黄昏を思わせる深い光に包まれ、消えたー

 

 

 

光が徐々に、淡く、収まっていく。
 
「ここは・・・」
 
二人が立っていたのは、惨劇の終わりと、復讐の始まりの場所。
ゴドーの鍛冶場からほど遠くない、無数の墓が建てられた広場だった。
 
リッケルトのやつが・・・皆の墓を作ったんだ。たった1人でな・・・
お前についてきた、夢の墓だ。ジュドー、コルカス、ピピン、ガストン・・・
皆の深淵に彷徨う魂を、お前のその『天使様』の力ならまだ呼び戻すことが
出来るはずだ・・・」
 

死んだ者の魂を呼び寄せ、交信する力。それはあの『蝕』に飲まれた幽界の
底の魂たちにも届くのだろうか。

 

魔術師の少女との幾度の経験と
グリフィス=フェムトの力に触れ続けてきたガッツには
それが可能であることを信じさせていた。

 
「・・・そうか。お前は本当に、不器用なやつだな・・・
いや、俺が言えた口じゃないか・・・。」
 

かつて有象無象の若者たちに、各々の『夢』を託された男が
少しだけ、昔のように微笑む。

 
「俺も、お前も、生き抜かなきゃいられなかった・・・ただそれだけだ。
せめて、あいつらには、鷹の団の終焉を、俺たちの最期を伝えたいだけだ。」
 

切り込み隊を率いて、数多の難敵を屠ってきた蛮勇も、
相も変わらず不愛想に、在りし日の仲間を想い、かすれた声で語りかける。


それはすでに、復讐の対象へ発するものではなく、遠き日の同じ戦場を
駆け抜けた、友に向けた言葉だった。

 
「・・・・・。」
 
グリフィスは、しばしのあいだ空を見上げた後、無言で頷き
最期のその奇跡を、幻造を顕現する。

幽界の深淵に繋がった現世へ、かつての仲間たちの魂の輝きが
雪のように降り注ぐ。
 


グリフィス・・・グリフィス・・・・・。
 


喜びか、怒りか、悲しみか、もはや分からぬ無数のその呼び声たちは
静かにかつての戦友が建てた墓へと灯される。
 
「夢の・・・かがり火・・・俺の・・・いや・・・皆の、か。」
 
「俺もお前も、あいつらも、もうじゅうぶんだ・・・少なくとも俺は・・・。
帰る場所があった気がしたが・・・俺もここで、眠ることに・・・
なりそう、だ・・・。キャス・・・・・。」
 
「ガッツ・・・・・?」
 
 
 
 
”何処へ・・・?”
 

独り虚空に問いかけたかつての自分、
養父を手にかけた失意の中
死を望みながらも、群がる狼をあてもなく屠り
何故、生き延びたかったのかさえ、分からなかったボロボロの少年が
今一度、己に問いかけてきた気がした。

 
「ここで、いいか・・・?」
 
呟き、少しだけ微笑みながら、閉じた瞼の裏に
かつて生死を、苦楽を、共にした鷹の団の面々が戦場を駆け抜けていくー
 
その彼方に
 
守り続けた愛する女性と、最後の旅を共にした、
この心に幾ばくかの人間らしさを取り戻させてくれた
仲間たちの姿が、重なり、視えた気がした。
 
 
 
 

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 -Epilogue-
 
 

幻造の世界が忘却の
遥か彼方に薄れた頃ーーー
 
 

~旧ミッドランド領~
 
 

まだあどけなさの残る少年が
家事用の小枝を拾い集めていると
誰かに呼ばれた気がして
そちらにふと目をやると、そこには
まるで、墓標の様に黒い影が
草原の中ただ静かに、突き立っていた。
 
 
「・・・・・剣?」
 
 
 
それは 剣と言うには
あまりにも大きすぎた
 
 
大きく ぶ厚く 重く
そして大雑把すぎた
 
 
それは正に鉄塊だった
 
 
百年の戦の面影など
もう殆ど残っていない
古の戦場跡の草原で
 
黒髪の少年は、ただそっと
佇むその鉄塊を見上げ
息をのみながら
 
ふと、友達や母に話せば
笑われてしまうだろうな、
と思いながらも想像してしまった。
 
何故か不思議と現実味を覚える
その無骨ながらも
鋭い荘厳さを放つ巨剣が視せた
脳裏に浮かぶ光景。
 
 
・・・こんなお伽話の代物で
戦場を縦横無尽に駆ける者が
もし仮に、存在するのなら
その姿を見た誰もが畏怖し、
敬い、憎み、憧れ、
きっと、そう、呼ぶのだろうー
 
 
 
 
『狂戦士(ベルセルク)』
 
と。
 
 
 


「おい・・・そいつに何か用か?」
 
突然、少年の横から声がした。
慌てて振り向くと、そこには全身黒ずくめで
顔もフードで見えない、長躯の男が立っていた。
 
そのぶっきらぼうな喋り方と声で男と判断したのだ。
 
「あ・・・いえ、その、ぐ、偶然見つけて・・・。」
 
男はフード越しから、巨剣のほうに顔を向ける。
 

「あれはな・・・かつて、あんなデタラメな代物じゃなきゃ
倒せない化け物を相手に戦った、どっかの馬鹿が使ってたもんだ。」

 

淡々と語る口調。だが、そこには何処かおどけたような
含みを感じさせた。

 

化け物・・・少年はそれが比喩の類ではないと、あの剣の異様さと
この男の言葉の響きで察した。


「人間じゃない『何か』ってこと、ですか・・・?」

 
男は顔を動かさぬまま、少し間を置いて、言った。
 
「もうこの世には、現れねえモノたち、だ。・・・おそらくな。」
 
「え・・・?」
 
よく見ると、その男は隻腕らしい。黒いローブを羽織って
いるから分かりづらいが、左の腕が肘の先から無いようだった。
 
「・・・そ、その人は、あの剣でそんな化け物たちと戦って・・・
どうなったんですか?」
 
男は少しだけ顔を少年のほうに向ける。それにしても
でかい。顔は依然として見えないが、得も言われぬ
威圧感があった。
 

「・・・昔、呪われた王様が居てな。
その王様は自分1人さえ残っていれば国は終わらないとでも
思ってたのか、人をやめて化け物と同類になりながら
千年以上も自分の国を滅ぼした宿敵と戦い続けた。
その剣の持ち主の話じゃないがな・・・。
そいつを振り回してた馬鹿は、最初は復讐のために化け物どもを
殺して回ったが、やがて自分の女を守るか、復讐を続けるか、
選ばされた。結局どっちも欲張って・・・まあ、その剣が無様に
そこにブッ刺さってる時点でわかるだろ。」

 
少年には、詳しいことは解らなかったが、なんとなく
さきほどの『狂戦士』を思い浮かべた。きっとその王様も
この剣のかつての持ち主も、そういう類なのだと。
 
「狂戦士(ベルセルク)・・・。」
 
草原を、静かな風が凪いだ。一瞬、そこに血と鉄錆のような
匂いを感じた。
少年はあらためて、剣を見据え、それから再び隣の男に聞いてみようとした。
 
「・・・あ、あなたは・・・え?」
 
もう隣に男は居なかった。
 


さっきの王様の話を思い出す。きっとあの人も
『同類』なのではないかと。
なにかを、たった一人になってまで、守り続けている
呪われた戦士・・・。
 


気づけばさっきまで突き立っていた、
巨剣が消えていた。


 
「何処へ・・・?」
 
少年の問いに答えはなかった。
 
 
 
微かに、血の味を帯びる風が、
草原を吹き抜けていったーーー

 

 

 

 

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ベルセルク ~完~